studio noteの作品を追加しました

完全にovest designとしての本来の活動から身を引いていた昨今。


これではいけないと、久々にgalleryを追加しました。


今回追加したのは、studio note、寺山さんの作品。最近では、studio note名義より、寺山紀彦として、CIBONE、SOMEWARE、10-Tokyoなどで個展を開催する寺山さん。


その作風から、最近では「美術作家」などと呼ばれていますが、オランダのデザイン学校、Eindhoven出身であることを知っていれば、デザイナーとしての、その独特の作風にも頷けます。


とはいえ、デザイナーや作家というカテゴリーを気にせず、その作品に対峙した時、毎回気付きを与える作風が素敵だなと思います。




ツカエナイヤツ

8/11日付で、商品部から製造部に異動になった。

ウチの会社では、会社からツカエナイと判断された人間は、みんな製造部に行かされる。そして、給料が大幅に下がる。

この世には、2種類の人間しかいない。ツカエルヤツとツカエナイヤツだ。ツカエナイと言っても、人としてツカエナイというわけではない。その業界、その職種でツカエナイだけである。例えば、プロ野球選手やプロのサッカー選手になりたい人はたくさんいる。でも、実際にプロになれる人、しかもその中で活躍できる人、ツカエル人は、ほんの一握りしかいない。多くの人は、自分がプロとしてはツカエナイと気付いて、他の道を選ぶ。そして、他の道でツカエル人として人生を歩む。ツカエルというのは、何も仕事に限ったことではない。仕事で使えなくても、夫として、または父親としてツカエル人もたくさんいるし、逆に仕事としては使えても、夫として、父親としてツカエナイ人を僕はたくさん見てきた。

僕は小学校の頃から、勉強ができた。一浪はしたが、予備校時代に猛烈に勉強して、関西学院大学に入った。所謂、関関同立に入れたわけだが、僕はツカエタのか?いや、努力したのだ。関関同立レベルは、努力さえすれば、誰でも入れる。早慶レベルになると、努力だけの問題ではなくなる。問題は努力できるかどうかだ。そして、大学を卒業して入った企業では、営業成績はよかった。営業では負ける気がしなかった。僕はツカエタのか?いや、努力したのだ。若いうちは、努力さえすれば、成績を上げることはできる。しかし、年を重ねるにつれ、努力だけでは結果を出せなくなる。転職した輸入家具の会社で、オーダーキッチンの会社で、そして今の会社で、僕は結果を出せなかった。おまけに、10年以上前にうつ病になり、6年前には甲状腺がんで声帯が麻痺した。しかし、今思えば、これは、神様の心遣いだったのだ。なぜなら、僕はプロ野球選手になれないツカエナイ選手だったにもかかわらず、バットを振り続けていたのだから。神様は、そんな僕に、怪我や病気で夢を諦めるきっかけを作ってくれた。しかし、神様が思う以上に、僕は馬鹿だった。病気になった僕は夢を諦めるどころか、こう考えた。


「病気にならなければ、プロになれたのに!」


救いようがないとは、僕みたいな人間のことを言う。そのことに、僕は今日まで気付かなかった。今日の今日まで、僕はツカエナイことに気付かなかった。

おそらく、製造部になったのは、僕が唯一ツカエル道なのかもしれない。本当に簡単な道を素直に歩めばいいものを、僕はわざわざ雨風にさらされながら、いくつもの峠を越えてやっとここまでたどり着いたのかもしれない。


やんわり断る

誰かにお願いをした時に、やんわりと遠回しにお断りされることがある。

「飲みに行きません?」

「あぁ、、今日、ちょっと嫁さんが体調崩してて、子供の面倒見ないといけないんだよなぁ」とか。

この、やんわりと遠回しにお断りされることほど、ショックなことはない。確かに、相手が近しい人だったり、お客さんだったり、年上だったりした場合は、断りにくいこともあるけど、それでも、いっそのこと、「いや、無理でしょ!」って断られたほうがスッキリする。

「飲みに行きません?」

「無理無理!君と飲みに行くくらいなら、ひとりでガールズバー行くわ」

くらいに断られたほうがいい。この時、嘘はいけない。

「無理無理!今、お金ないねん!」とか言っておきながら、翌週に他の人と飲みに行ったりすると、「お金ないんちゃうんか!」てなる。「お金がないから、飲みに行かない」ではなく、「君とは飲みに行きたくない」という意思表示が必要だ。これだと断られたほうも、「もう二度と誘わねぇ!」という気になってスッキリする。

あと、さらにタチが悪いのが、「おー!行こ!行こ!来週にせえへん?みんな誘ってさ!」みたいに、勝手に相手の要望を先送りして、さらに自分の土俵に持っていくタイプ。

やんわり断られた場合は、「この人は気を遣って断っている」ということがバレバレになるし、そうわかってしまうとそれ以上何も言えなくなるから、相手にツッこませるくらいの余白を与えてあげたほうがいい。と言うか、やんわり断る人は、基本的に「断っているという空気読め」という態度で臨んでくるから、相手が傷付こうが構わないという非情な人が多い。

そういう僕も、やんわり断る派です。


なんかもう

僕は商品部という部署に所属している。

主に、カタログを作ったり、展示会の準備をしたり、公式サイトの更新をしたり、たまに新商品の開発をしたりというのが仕事だ。商品部は、僕ひとりしかいない。これらの仕事をひとりでやっている。ひとりということで大変なこともあるけど、自分の好きなようにできるという意味ではよいところもある。

僕は商品部の仕事として、「オリジナルブランドの売上をあげる」ということをひとつの目標としてきた。うちの会社はOEMの売上が9割を占める。オリジナル商品の中でもブランド商品の売上は全体の1%にしかすぎない。しかし、OEM商品は価格競争のレッドオーシャン市場で利益が薄く、これからはブランド商品の売上を上げるのがこの会社の命題だと考えていた。

オリジナルブランドの売上を上げるといっても、これがなかなかに難しい。というのも、オリジナルブランドは、売上の9割は戸建で採用されている。ところが営業マンは、戸建の少ない売上よりも、マンションなどの売上の大きい物件を追いかけるので、誰もブランド商品を売ろうとしない。営業マンが売ろうとしないので、当然売上は上がらない。

そこで僕は、SNSを活用しながら、ブランド商品はネット販売で売ろうと考えていた。SNSは、インスタを中心に進めていて、秋にはnoteを活用した新しい企画を考えた。オンラインショップは国内、海外ともテコ入れをすることにし、これからが正念場だった。まさに、これからブランド商品の売上を上げるために、いろいろ施策を打ち出していくところだった。

ところが、SNSや公式サイト、ネットショップなどの業務をセキュリティの関係で管理部という別の部署が携わることになった。それを聞いて愕然とした。管理部は社内のアプリ開発などをする部署で、SNSやオンラインショップの運営などとは全く関係がない部署である。すぐに社長に意向を確認したが、セキュリティ強化の為に、ネットを介する業務の全てを管理部に移管するという。つい数週間前に、今後、ネットショップの強化の必要性を話したところである。それなのに、なぜ。。

僕は会社をよくしたい、売上を上げたいと考えているだけなのに。また、新たな方策を考えないといけない。


歳かな

最近、物欲がまったくと言っていいほど、なくなった。

物欲に限らず、こだわりがまったくない。休みの日には、ヒゲはそらないし、頭はボサボサのまま。服もとりあえず、あるものを適当に着て、周りの目などまったく気にしない。30代の頃は、とにかくカッコよく生きたかった。お洒落して、古いサーブに乗り、建築家に建ててもらった家に住む。海外ブランドの家具に囲まれて、作家ものの器を使う。休みの日には、サーフィンに行ったり、家にいる時は洋楽を聴きながら読書をする。スタイリッシュ。そう、ライフスタイル雑誌に出てくるような、それこそ今で言うところのインスタ映えするような暮らし。

今は、そんなものにまったく興味がない。若い時は、年配の方は、なぜダサい服を着ているのだろうとか思ったが、歳をとるとそういう、他人が決める価値観には興味がなくなるのだろう。

と言っても、まったくこだわりがなくなったわけでもない。自分なりのこだわりはある。でも、それは、例えば、自然の中で読書して過ごすとか、畑を耕して、そこで採れた野菜で漬物を漬けるとか、骨董市で買ってきたお気に入りの器を使うとか、猫を飼ってゴロゴロ過ごすとか。あと、料理ができるようになって、友人を家に招いてワイワイ過ごすとかもいいな。これらは、全部自分がやりたいことで、人からどう思われるかなんてことには興味がない。でも、ダサくはなりたくないし、100均で食器を買うとかは無理かな。あと、これはたぶん実現できないんだけど、早いうちに引退して、空き家バンクで古い家を探して田舎暮らしがしたい。となりのトトロに出てくるみたいな古くて大きな家に住んで、そこで骨董屋を営む。

そういえば、仕事だけは、こだわりがある。あと10年もすれば定年なのに、今頃、やりたいことがいろいろ出てきた。フリーランスには憧れるけど、そんな度量も才能もないし。子どもが自立したら、第二の人生を歩みたい。あと8年か。。長いなぁ。


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