靴を買うならロコンド

今の仕事は立ち仕事なので、足が疲れる。


どうせ汚れるので、履き古したスニーカーを履いて行っていたが、履き心地があまりよくなくて、仕事が終わると疲れ切っていた。ちょっとボロボロになってきたし、もう少し軽くて履き心地のいい靴を買うことにした。


できるなら、普段も履ける靴がよい。かと言って、仕事をメインで使うのであまり高いものを買うのももったいない。とりあえず、安くてよい靴をアマゾンで探してみる。なるべく、安くて軽く、疲れない靴を探してみる。昔は買い物に出かけていたが、最近は、まずアマゾンで探すようになった。お店より商品数がかなり多いし、しかも安い。以前は、実際のお店や楽天などで比較してから買っていたが、結局、アマゾンが一番安くていいものがあり、しかも、レヴューが参考になるので、最近はもっぱらアマゾンで探すようになった。


ところが、靴に関してはなかなかいいものが見つからない。安くて評価も高い靴はいくつかあったが、いずれも聞いたことのないブランドだ。靴は履き心地が悪いと失敗するので、できればブランド品のほうが安心だ。そこで、最近、頻繁にCMをしているロコンドで探してみた。


ロコンドで探してみると、あるわあるわ。靴に特化しているので、さすがに種類が豊富だ。しかも、「アウトレット」で探すと、ブランド品の靴が半値近くで販売されている。自宅で試着できて、送料さえ負担すれば返品もできるので安心だ。これは、使える。気に入った靴があって、カートに入れる寸前で、一応、無印良品の靴もチェックすることにした。実は無印良品の疲れないスニーカーというのを履いていて、これが本当に疲れないので気に入っていた。すると、踵の衝撃を吸収するスニーカーという商品が3990円のところ、3日間限定で2990円で販売されていた。無印良品のレヴューもよい。ロコンドよりも安いので、アマゾンとロコンドでさんざん探した挙句、結局、無印良品のスニーカーを購入した。


しかし、昔はウィンドウショッピングが楽しかったが、今は、家でスマホをポチポチやって掘り出し物を探すほうが楽しくなっている。


うつ日記、後悔

10月2日、晴れ。


今日もうつである。と言いたいところだが、かなり、調子がよくなってきた。まだ、本調子ではないが、心がだいぶ軽くなった。躁うつ病の人であればわかると思うが、うつから復活すると、本当に気持ちが軽くなるのがわかる。しかし、せっかくなので、うつの時に僕がどんなことを考えていたかを書きたいと思う。


僕はこれまでの人生であまり後悔はしていないが、ひとつだけ後悔していることがある。輸入家具の会社、インターオフィスを辞めたことだ。以前、僕はインテリアメーカーで営業をしていた。営業先の百貨店で、カッシーナやアルフレックスの家具と出会った。世の中にこんなかっこいい家具があるのかと、衝撃的だった。それから、「室内」や「カーサブルータス」などの雑誌を読み漁った。次第に輸入家具を扱う仕事をしたいと思うようになり、カッシーナやアルフレックスの求人に応募した。残念ながら、いずれも最終面接まで残ったものの、採用には至らなかった。僕は、インターオフィスに求人の問い合わせメールを送った。すると、なんと近々、大阪支店で営業を募集するという返事が返ってきた。それから、僕はインターオフィスのホームページの採用情報を毎日チェックした。そして、メールの返事の通り、大阪支店での採用情報が掲載されると、すぐに履歴書を送った。面接の時、あまりにも履歴書が届いたのが早くて驚いたと、当時の支店長が語っていたのを覚えている。


インターオフィスは、最高の職場だった。輸入のオフィス家具を扱っていたので、オフィスはめちゃくちゃオシャレだった。仕事もとても楽しかった。しかし、仕事はハードで、最終電車まで仕事することも度々だった。深夜にタクシーで帰ったり、会社に泊まることもあった。土日は納品で休めなかった。代休など取れるはずもなかった。そして、僕はうつになり、2ヶ月休職した。復職した時、僕はかなり元気になっていた。しかし、おそらくこの時すでに、僕は双極性障害になっていたのだろう。がむしゃらに働くのが馬鹿馬鹿しくなっていた。仕事をセーブするようになって、営業成績も落ちていった。しかし、躁の症状が出ていたのだろう、僕は、会社や上司に反感を持つようになった。自分はもっと評価されていいはずだ、この会社で働いている人はロクな人がいないなどと考えた。



そして、僕はついにインターオフィスを辞めた。



あれほど憧れていた輸入家具の仕事を自ら手放した。



未だに、なぜ辞めてしまったのか?、もし続けていたら?という後悔の念が心を支配する。


しかし、もうあの時に戻ることはできない。今が充実していれば良いのだが、今が苦しいだけに、更に後悔の念が心を締め付ける。


もうあの時に戻ることはできない。


うつ日記、6年前

10月1日、晴れ。


今日もうつ。

今日は、創立記念日で仕事が休みだった。ドンキホーテに行くと、消費税が上がるということで休みだった。午後から、病院にCT検査を受けに行く。


2013年の今頃、僕は甲状腺がんの手術で入院していた。10時間にも及ぶ手術で、2ヶ月半の入院。当時は気管切開をしていて、声帯の神経が麻痺していたので、ほとんど声が出なかった。甲状腺がんの中でも悪性度が高く、極めて再発、転移の可能性が高いと言われた。10年生存率は60%だった。声帯の神経も、半年経って声帯が動かなければ、一生気管切開をしたままで、声に障害が残ると言われた。


退院は、なんの運命の悪戯か、父親の危篤の知らせを聞いて、無理矢理退院させてもらった。退院した2週間後に父は還らぬ人となった。不思議と涙はまったく出なかった。


退院した時、周りの世界がキラキラして見えたのを覚えている。青い空、風の匂い、木々のざわめく音。生きているということを実感した。生きてさえいればそれでいい、できれば、声帯も元に戻って欲しいと願った。


僕の声帯は、動くことはなかった。せめて気管切開だけでも閉じたくて、情報を集めた。ネットで調べた耳鼻咽喉科にメールして、丁寧に相談にのってくれる先生もいた。そして、関西で唯一、声門開大術という気管切開を閉じる先生がいる大阪病院の存在を知った。2回失敗して、3回目の手術でようやく成功し、僕は念願の気管切開閉鎖に成功した。わずか1年の間に、僕は全身麻酔を5回も経験した。


6年経って、おかげさまで再発も転移もない。声もだいぶ出るようになった。当時、生きてさえいればと思っていたのに、今はもっと幸せになりたいと願っている。人間は欲深いなぁ。


今日のCT検査は12540円もかかった。相変わらず、病人や障害者に厳しい社会だ。この医療費に軽減税率は適用されているのだろうか。


うつ日記、きっかけ

9月30日。晴れ。


今日もうつである。

うつになったきっかけは、製造部への異動だった。もともと所属していた商品部の仕事にはやりがいを感じていたし、正直、製造部への異動はショックだった。製造部への異動の理由をはっきり教えてくれなかったことや(表向きは、不具合をなくすためとのことだったが、実際には一作業員としての仕事だった)、辞令が出る1時間前に異動の連絡が来たことなどもショックだった。


うちの会社では、各部署で使えないと判断された人、社内で問題を起こした人などが製造部へ異動させられる傾向がある。僕もそのひとりだった。製造部の上司は、腐らずに頑張れと言った。だが、なかなか気持ちを切り替えられない。


うつな気分に耐えられず、図書館で自己啓発系の本を借りた。アマゾンでの評価も高い本だった。今の自分を受け入れること、自分を認めた上でプラス思考で考えることで人生が好転することなど、なかなかいいことが書かれているが、まったく入ってこない。普通の精神状態であれば、なるほど!となりそうな感じだが、うつの時はどうしても前向きに考えられない。


しかし、ユニバのCMのうざさが、うつに拍車をかける。


長いトンネル

うつから脱却できない。


うつ病になってから10年以上、双極性障害と診断されて5年、今の会社に入ってからは、たまに、うつになっても比較的軽度で、1日2日で治っていたのだが、今回は長引いている。


基本的に、これまでは、うつの時はブログを書かないようにしてきた。書かないというか書けないというか。書く気分になれないということもあるし、書けても内容がかなりネガティブになるので、読んでいる人もいい気はしないだろうという思いがあった。


正直、今、書いているのもつらい。なにもかもマイナスに考えてしまうし、後悔や自己嫌悪など、自分で自分をどんどん追い込んでしまう。


でも、あえてこのうつの状況をブログで書いてみようと思った。ちょっといろいろなことがあって、このうつな感じはしばらく続きそうなので、書き続けてみる。


<< | 2/122PAGES | >>

ブログランキング参加中!

categories

archives

recent comment

others