愚痴、言い訳、弱音、そして後悔

僕が20代から30代の前半くらいまで、モットーとしていたことがある。


愚痴を言わない、言い訳しない、弱音を吐かない。これを「男の三原則」と呼んでいた。愚痴を言う男、言い訳するヤツ、弱音を吐く人はみっともないと思っていた。今の僕なら「後悔しない」も付け足すかもしれない。


ところが、今の僕はどうだろう?


愚痴。

「仕事で工場に回されて、安い給料で単純作業。大学まで出たのにやってらんねー」


言い訳。

「病気したからな。僕は頑張ってきた。病気さえしなければ、もっとマシな人生が歩めたはずだわ」


弱音。

「まわりの友達はみんな立派になってるのに、今の自分はなんなんだよ。生活苦しいし、辛いよ」


そして、後悔。

「なんで、僕は大好きだった輸入家具の会社辞めちまったんだ」


最近、こんな思いでずっと鬱々していた。でも、書いてて思ったよ。愚痴言っても、言い訳しても、弱音吐いても後悔しても、何も事態は改善されないんだよな。だって、今の僕は、僕が自分で築いてきたものだもん。


僕が今考えていることは、自分の不始末で火事を起こして家が全焼しちゃって、火災保険に入ってなかったから、僕可哀想でしょって、誰か家建て直してくださいって言ってるようなもんだ。そんなの誰も助けれるわけない。起こってしまった不幸な事実だけ取り上げて、哀れみ買おうってか?甘いよ。


だから、考えた。もう、自分のことはいいじゃん。父親として、子どもたちが立派に自立するまで、とにかくがむしゃらに働く!今、自分ができることを精一杯やる!それしかないじゃん。


思えば、子どもたちが小さかった頃、僕は毎日遅くまで仕事して、休みの日も出勤して、ロクに父親らしいことをしてこなかった。高校生の息子が、「私立の大学言ってもいいの?」って嫁さんに聞いてたらしい。僕は何をやってんだ、子どもにも気を使わせて。


ごめんな、こんな父親で。

不憫な思いをさせて。


本当にごめん。


嫁さんにも、ずっと苦労させてきた。関学まで出た旦那が、まさかこんな無様なことになるとは、思ってもみなかったよね。家庭のこともすべて任せっきりで、病気した時も、尽くしてくれたのに。


ごめん。ごめん。ごめん。


自分のことは、もうどうでもいいから、可能であれば、どんなヤバイ仕事でもするから、夫として、父親として家族を守りたい。


収入を上げるのは難しいけれど、父ちゃん、がんばるわ!余裕のない暮らしでも、できる限り、家族のために尽くして、笑顔の絶えない家庭にしたいよ。


愚痴は言わない。言い訳もしない。弱音も吐かない。そして、もう後悔はしないから。


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