ツカエナイヤツ

8/11日付で、商品部から製造部に異動になった。

ウチの会社では、会社からツカエナイと判断された人間は、みんな製造部に行かされる。そして、給料が大幅に下がる。

この世には、2種類の人間しかいない。ツカエルヤツとツカエナイヤツだ。ツカエナイと言っても、人としてツカエナイというわけではない。その業界、その職種でツカエナイだけである。例えば、プロ野球選手やプロのサッカー選手になりたい人はたくさんいる。でも、実際にプロになれる人、しかもその中で活躍できる人、ツカエル人は、ほんの一握りしかいない。多くの人は、自分がプロとしてはツカエナイと気付いて、他の道を選ぶ。そして、他の道でツカエル人として人生を歩む。ツカエルというのは、何も仕事に限ったことではない。仕事で使えなくても、夫として、または父親としてツカエル人もたくさんいるし、逆に仕事としては使えても、夫として、父親としてツカエナイ人を僕はたくさん見てきた。

僕は小学校の頃から、勉強ができた。一浪はしたが、予備校時代に猛烈に勉強して、関西学院大学に入った。所謂、関関同立に入れたわけだが、僕はツカエタのか?いや、努力したのだ。関関同立レベルは、努力さえすれば、誰でも入れる。早慶レベルになると、努力だけの問題ではなくなる。問題は努力できるかどうかだ。そして、大学を卒業して入った企業では、営業成績はよかった。営業では負ける気がしなかった。僕はツカエタのか?いや、努力したのだ。若いうちは、努力さえすれば、成績を上げることはできる。しかし、年を重ねるにつれ、努力だけでは結果を出せなくなる。転職した輸入家具の会社で、オーダーキッチンの会社で、そして今の会社で、僕は結果を出せなかった。おまけに、10年以上前にうつ病になり、6年前には甲状腺がんで声帯が麻痺した。しかし、今思えば、これは、神様の心遣いだったのだ。なぜなら、僕はプロ野球選手になれないツカエナイ選手だったにもかかわらず、バットを振り続けていたのだから。神様は、そんな僕に、怪我や病気で夢を諦めるきっかけを作ってくれた。しかし、神様が思う以上に、僕は馬鹿だった。病気になった僕は夢を諦めるどころか、こう考えた。


「病気にならなければ、プロになれたのに!」


救いようがないとは、僕みたいな人間のことを言う。そのことに、僕は今日まで気付かなかった。今日の今日まで、僕はツカエナイことに気付かなかった。

おそらく、製造部になったのは、僕が唯一ツカエル道なのかもしれない。本当に簡単な道を素直に歩めばいいものを、僕はわざわざ雨風にさらされながら、いくつもの峠を越えてやっとここまでたどり着いたのかもしれない。


コメント
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック

ブログランキング参加中!

categories

archives

recent comment

others