アイデアで国民は救えるか

会社帰り、最寄駅で降りると市議会議員の候補者と支援者が道行く人に声をかけ、ビラを撒いている。

今日の人は「よろしくお願いします!」、「ありがとうございます!」などと言いながら強引に家路へ急ぐ人に握手を求めている。僕はイヤホンをし、コートのポケットに手を突っ込んで絶対に握手はしないオーラを出してすり抜けた。

僕の使う最寄駅には、こうした議員さんや候補者が度々ビラを撒いたり、挨拶をしたりしている。そのほとんどが「○○です!」、「よろしくお願いします!」、「おはようございます!」、「お仕事お疲れ様です!」と言った内容だが、何をよろしくお願いするのだろう。その人が何をしてくれるのか、その人に投票することでどういう未来が描けるのかがこれでは全く分からないのに、こちらとしても投票する理由がない。

以前、三宅洋平という人が選挙フェスと銘打って東京各地で演説をしていた。僕は政治に無知だし、この場で政治的な発言をするつもりもないので、三宅さんに対して言及するつもりはないが、今の政治のどこが曲がっているのか、今何をしなければいけないのかを名前の連呼ではなく演説という形で表現していたのは印象深かった。

僕は4月から「謎のアイデア集団」というワークショップに参加する予定だが、そこで日本の選挙を変えるアイデアが出せないかと考えている。謎のアイデア集団とは、簡単に言うと団体や企業が抱える課題や問題を、みんなの知恵で解決しようという試みである。だが、世間の人が抱える問題は、このワークショップでは解決できないのでは?という疑問がある。基本的にこのアイデア集団が解決する対象にはクライアントの存在が必要である。今の世の中、様々なことで困っている人がいるが、この場合、クライアントは国民になってしまう。場合によっては、NPOなどがクライアントとなる、もしくは、企業の慈善活動としてアイデアを提供することで世の中が抱える課題を解決できるかもしれないが、そういうケースは稀で、今の世の中の多くの人が抱える問題や悩みをアイデアで解決することは不可能では?、と考えている。

毎日ニュースで傷ましい事件が報道される。一瞬心を傷めることはあっても、所詮は他人事で、次の瞬間には自分のことで頭がいっぱい。他人の死に僕らは驚くほど無頓着だ。

世の中には、本当に困っているひと、苦しんでいるひとがたくさんいる。難病を抱えて産まれてきた我が子に為すすべなく見守るしかない親や、毎日のように虐待を受け、誰にSOSを出すこともなく耐え続ける子供たちや、大切な子供を拉致され、何十年も待ち続けながら国に頼るしかない拉致被害者の家族達。

今のこの国が抱える問題は山ほどあって、解決しなければいけないことも山ほどあるのに、結局それは、この国の政治が、この社会が変わらなければならない。

果たしてアイデアで国民は救えるのだろうか?



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