ラクオ

まだ子どもが生まれる前、男の子が生まれたら「楽生(ラクオ)」という名前を付けようと本気で考えていた時期がある。

読んで字のごとく、楽に生きて欲しい、楽しく生きて欲しいという思いを名前に込めた。ラクオ。また、この響きがなんとも間が抜けていてよいではないか。これが「義勝」とかだと、いかにも固い仕事について頑固なオヤジになりそうだが、ラクオだと性格もほのぼのしていそうだ。少なくとも「ラクオです」と紹介されたら、相手も思わず隙を見せるだろう。結局、長男にはラクオでもなく、キラキラネームでもなく、当たり障りのない名前を姓名判断で見てもらって付けていただいた。姓名判断で見てもらっただけあって、長男の名前は徳川家康と同じ画数で、将来大きなことを成し遂げるような良い名前であるらしい。しかも、長男は両手ますかけである。僕も嫁さんもますかけではないので、産まれてきた長男の両手がますかけになっているのに気付いた時はたいそう驚いた。そんな長男も高校生になり、姓名判断も手相も普通がよかったと言うような、謙虚な男の子に育った。

先日、「しないことリスト」という本を読んだ。世の中はやらなきゃいけないことだらけだ。勉強しなくてはいけない、仕事をしなければいけない、結婚しなければいけない、飲み会の一杯目はとりあえずビールを頼まなければいけない、王将に行ったら餃子を注文しなければいけない、などなど。しかし、一般にやらなければいけないと言われることのほとんどは、別にやらなくてもいいことがほとんどだ。合わない人と無理に付き合う必要はないし、行きたくない飲み会に無理に参加する必要もない。僕はこれから、楽に生きること、楽しく生きることに決めた。楽に生きると言っても、仕事をサボるとかではない。僕の場合、やらなければいけない仕事が溜まっているほうがしんどいから、要領よく仕事をして、なるべく早く仕事を片付けるのが自分にとっては楽だ。もともと、すぐに人と比べてしまう悪い癖があって、これまで自分の収入や役職を他人と比べてしまうところがあった。比べる必要はないと思いながらも、どうしても比べてしまうので、これからは自分が人と比べて楽かどうか、楽しいかどうかを比べることにした。と言っても、楽かどうか、楽しいかどうかは、分からないのである。楽そうな人、楽しそうな人はいる。でも、本当に楽なのか、楽しいのかは、本人でないと分からない。僕の友達で毎週のようにゴルフをして楽しそうな人がいるが、そもそも僕はゴルフをしないし、毎週ゴルフをしたいとも思わない。とにかく自分が楽だと思う、楽しいと思う方法を選択して生きていれば、人と比べた時も、自分のほうが楽かもしれない、楽しいかもしれないと思うことができる。そう考えるようになってから、心がフッと軽くなった気がした。

名前は違うが、これからはラクオとして生きていきたい。


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