心療内科に行ってきました

最近のあまりにもネガティブなブログの内容に、いろんな方にご心配をおかけしました。


申し訳ないです。


僕は双極性障害況燭箸い辰董気分の浮き沈みは少ない方だが、どちらかというと鬱な気分が緩やかに持続し、まれに躁で気分が上がる。ストレス耐性が弱くなっているのでネガティブに考える傾向があり、なるべく落ちないように薬で調整している。


今日は、月に一度通っている心療内科に行ってきた。薬のおかげが、あまり鬱な気分が続いたり、ひどく落ち込むことは最近ではなかったので、3週間ほど前から鬱な気分が続いていること、ひどく落ち込むというよりは、仕事のことなどでいろいろ悩んでいることなどを先生に話した。心療内科に行ったことがある人ならわかると思うが、こちらがいくら落ち込んでいても、先生の対応は、すこぶる冷たい。というか、たぶん先生は普通に対応しているのだが、こちらは先生に助けてほしい気持ちなので、あまりにも事務的な先生の対応に絶望することもある。先生は、病気を治すのが仕事であって、お悩み相談に付き合ってくれるわけではないのだ。僕がうつ病になって初めて心療内科に行った時も、先生の冷たい対応に愕然としたのを覚えている(しかし、調子がよくなってくると共に、その先生がすごくいい先生であることがわかった)。


自分でも、普通の鬱とは違うことは自覚していたので、臨床心理士のカウンセリングを受けたい旨を先生に話をした。先生も、鬱というよりは、心の整理が必要だということで、カウンセリングを勧めてくれた。


しかし、カウンセリングは保険適用外なので、かなり高い。一般のカウンセリングだと、だいたい50分で5,000円〜10,000円。そこで先生が勧めてくれたのが、大学に設けられた施設だ。いろんな大学に研究の一環として臨床心理士による悩み相談窓口が設けられており、学生じゃなくても相談が可能だ。なんと言っても相談料が安い。だいたい一般のカウンセリングの半額程度で受けれる。基本、平日が多いが、大学によっては土曜日も対応してくれるところもある。


カウンセリングを受けてみたいと考えている人は、一度検討してもらってもいいと思う。僕も、また大学カウンセリングの様子をご報告します。


うつ日記、後悔

10月2日、晴れ。


今日もうつである。と言いたいところだが、かなり、調子がよくなってきた。まだ、本調子ではないが、心がだいぶ軽くなった。躁うつ病の人であればわかると思うが、うつから復活すると、本当に気持ちが軽くなるのがわかる。しかし、せっかくなので、うつの時に僕がどんなことを考えていたかを書きたいと思う。


僕はこれまでの人生であまり後悔はしていないが、ひとつだけ後悔していることがある。輸入家具の会社、インターオフィスを辞めたことだ。以前、僕はインテリアメーカーで営業をしていた。営業先の百貨店で、カッシーナやアルフレックスの家具と出会った。世の中にこんなかっこいい家具があるのかと、衝撃的だった。それから、「室内」や「カーサブルータス」などの雑誌を読み漁った。次第に輸入家具を扱う仕事をしたいと思うようになり、カッシーナやアルフレックスの求人に応募した。残念ながら、いずれも最終面接まで残ったものの、採用には至らなかった。僕は、インターオフィスに求人の問い合わせメールを送った。すると、なんと近々、大阪支店で営業を募集するという返事が返ってきた。それから、僕はインターオフィスのホームページの採用情報を毎日チェックした。そして、メールの返事の通り、大阪支店での採用情報が掲載されると、すぐに履歴書を送った。面接の時、あまりにも履歴書が届いたのが早くて驚いたと、当時の支店長が語っていたのを覚えている。


インターオフィスは、最高の職場だった。輸入のオフィス家具を扱っていたので、オフィスはめちゃくちゃオシャレだった。仕事もとても楽しかった。しかし、仕事はハードで、最終電車まで仕事することも度々だった。深夜にタクシーで帰ったり、会社に泊まることもあった。土日は納品で休めなかった。代休など取れるはずもなかった。そして、僕はうつになり、2ヶ月休職した。復職した時、僕はかなり元気になっていた。しかし、おそらくこの時すでに、僕は双極性障害になっていたのだろう。がむしゃらに働くのが馬鹿馬鹿しくなっていた。仕事をセーブするようになって、営業成績も落ちていった。しかし、躁の症状が出ていたのだろう、僕は、会社や上司に反感を持つようになった。自分はもっと評価されていいはずだ、この会社で働いている人はロクな人がいないなどと考えた。



そして、僕はついにインターオフィスを辞めた。



あれほど憧れていた輸入家具の仕事を自ら手放した。



未だに、なぜ辞めてしまったのか?、もし続けていたら?という後悔の念が心を支配する。


しかし、もうあの時に戻ることはできない。今が充実していれば良いのだが、今が苦しいだけに、更に後悔の念が心を締め付ける。


もうあの時に戻ることはできない。


うつ日記、6年前

10月1日、晴れ。


今日もうつ。

今日は、創立記念日で仕事が休みだった。ドンキホーテに行くと、消費税が上がるということで休みだった。午後から、病院にCT検査を受けに行く。


2013年の今頃、僕は甲状腺がんの手術で入院していた。10時間にも及ぶ手術で、2ヶ月半の入院。当時は気管切開をしていて、声帯の神経が麻痺していたので、ほとんど声が出なかった。甲状腺がんの中でも悪性度が高く、極めて再発、転移の可能性が高いと言われた。10年生存率は60%だった。声帯の神経も、半年経って声帯が動かなければ、一生気管切開をしたままで、声に障害が残ると言われた。


退院は、なんの運命の悪戯か、父親の危篤の知らせを聞いて、無理矢理退院させてもらった。退院した2週間後に父は還らぬ人となった。不思議と涙はまったく出なかった。


退院した時、周りの世界がキラキラして見えたのを覚えている。青い空、風の匂い、木々のざわめく音。生きているということを実感した。生きてさえいればそれでいい、できれば、声帯も元に戻って欲しいと願った。


僕の声帯は、動くことはなかった。せめて気管切開だけでも閉じたくて、情報を集めた。ネットで調べた耳鼻咽喉科にメールして、丁寧に相談にのってくれる先生もいた。そして、関西で唯一、声門開大術という気管切開を閉じる先生がいる大阪病院の存在を知った。2回失敗して、3回目の手術でようやく成功し、僕は念願の気管切開閉鎖に成功した。わずか1年の間に、僕は全身麻酔を5回も経験した。


6年経って、おかげさまで再発も転移もない。声もだいぶ出るようになった。当時、生きてさえいればと思っていたのに、今はもっと幸せになりたいと願っている。人間は欲深いなぁ。


今日のCT検査は12540円もかかった。相変わらず、病人や障害者に厳しい社会だ。この医療費に軽減税率は適用されているのだろうか。


うつ日記、きっかけ

9月30日。晴れ。


今日もうつである。

うつになったきっかけは、製造部への異動だった。もともと所属していた商品部の仕事にはやりがいを感じていたし、正直、製造部への異動はショックだった。製造部への異動の理由をはっきり教えてくれなかったことや(表向きは、不具合をなくすためとのことだったが、実際には一作業員としての仕事だった)、辞令が出る1時間前に異動の連絡が来たことなどもショックだった。


うちの会社では、各部署で使えないと判断された人、社内で問題を起こした人などが製造部へ異動させられる傾向がある。僕もそのひとりだった。製造部の上司は、腐らずに頑張れと言った。だが、なかなか気持ちを切り替えられない。


うつな気分に耐えられず、図書館で自己啓発系の本を借りた。アマゾンでの評価も高い本だった。今の自分を受け入れること、自分を認めた上でプラス思考で考えることで人生が好転することなど、なかなかいいことが書かれているが、まったく入ってこない。普通の精神状態であれば、なるほど!となりそうな感じだが、うつの時はどうしても前向きに考えられない。


しかし、ユニバのCMのうざさが、うつに拍車をかける。


長いトンネル

うつから脱却できない。


うつ病になってから10年以上、双極性障害と診断されて5年、今の会社に入ってからは、たまに、うつになっても比較的軽度で、1日2日で治っていたのだが、今回は長引いている。


基本的に、これまでは、うつの時はブログを書かないようにしてきた。書かないというか書けないというか。書く気分になれないということもあるし、書けても内容がかなりネガティブになるので、読んでいる人もいい気はしないだろうという思いがあった。


正直、今、書いているのもつらい。なにもかもマイナスに考えてしまうし、後悔や自己嫌悪など、自分で自分をどんどん追い込んでしまう。


でも、あえてこのうつの状況をブログで書いてみようと思った。ちょっといろいろなことがあって、このうつな感じはしばらく続きそうなので、書き続けてみる。


うつでした

久しぶりにうつになった。


昨日のブログ読んでくれた人は、「なんだ、この重い内容は、、、」と思われたかもしれないが、久々に苦しかった。まあ、双極性障害の場合、どちらかと言えば、普段は躁な感じで、たまに軽いうつが来る感じなのだが、今回は、自分でも、これはヤバいなと思った。


うつ歴は、もう10年以上になるが、未だに躁の時もうつの時も感情をコントロールすることができない。「あ、今、うつだな」ってのはわかるんだけど、うつだから気持ちを前向きに持っていこう!などと簡単に思えない。自分がしんどいだけならよいが、うつの時も躁の時も、家族などまわりの人に嫌な思いをさせるのが厄介だ。風邪なんかだと、大丈夫?と心配してくれるもんだが、うつの時は、まわりもどう対処していいかわからないのだろう。だから、僕はうつの時は、なるべく家族も含めて誰とも顔を合わせないようにするのだが、それはそれでまわりに気を使わせてしまう。


僕の知り合いで同じうつ病になった人がいて、その人がうつのせいで友達をなくしたと言っていたが、とてもよくわかる。この病気は、体調も悪くなるが性格も悪くなるというか、めんどくさい人間になってしまうので、だんだんと人が離れていく。躁うつの場合は、さらにタチが悪い。躁の時は気が大きくなって、まわりが引くくらい元気なくせに、うつになるとひどく落ち込むので、まわりの人からすれば、「なんなんだよ!」という感じだろう。


特に、嫁さんはかなりしんどいと思う。たまに、心療内科で「うつ病患者の家族の会」みたいなのが開催されているが、うちの嫁さんにも本気で参加して欲しいと思っている。


双極性障害について

これまで何度か、僕が双極性障害であることをお話ししてきましたが、改めて双極性障害について書こうと思います。

双極性障害とは、躁うつ病とも言われ、気分がよく、派手な行動や言動が続く躁の状態と、いわゆるうつ病のように極端な落ち込みが続くうつの状態を繰り返す為、うつ病といっしょにされがちですが、双極性障害とうつ病はまったく違う病気で、処方される薬も違います。

僕が双極性障害を患ったのは今から15年近く前になります。当時はうつの症状が出て、病院でも抑うつ状態と診断され、しばらくはうつ病の治療をしていました。7年ほど前に双極性障害と診断されましたが、僕のように初めはうつ病と診断され、その後双極性障害と診断されるまで平均で7.5年ほどかかると言われています。

症状としては、躁の時は、基本的に気が大きくなります。僕の場合は、例えば電車に乗っていてマナーの悪い人がいたら睨み続けたり、友達や同僚に対しても攻撃的になって相手を非難したり、金遣いが荒くなって大きな買い物を平気でしたりといったことがありました。思えば僕が輸入家具の会社を辞めた時も、自分が正しい、会社のやり方に納得いかないといった考えが頭を埋め尽くし、結果、会社を辞めることになりましたし、おそらく僕が双極性障害になってから、敵を多く作って、僕と距離を置くようになった人も多いと思います。

僕の場合は、まだ症状が軽く、症状の重い場合は、離婚、失業、浮気、借金、最悪の場合は自殺などにつながることになり、日常生活に異常をきたすことになります。

僕の場合は、自分が双極性障害であることを認識しているので、ある程度は自分の気持ちをコントロールできますが、それでも、十分にはコントロールしきれません。躁の時は、人を傷付けるようなことや、人を不快にすることを平気で言ってしまったり(言わないと気が済まなくなる)、勢いだけで行動したり、うつの時は、人生に対する後悔や劣等感でひどく落ち込みます。僕の気持ちの浮き沈みが激しいことは、僕のブログを定期的に読んで頂いている人であれば理解できるのではないでしょうか?

僕が双極性障害であるということを分かっていても、僕の周りの人は何かしら影響があるので、次第に僕と距離を置くようになります。それは、家族であっても同じことで、僕の気分の浮き沈みに付き合うことに疲れてしまいます。うつの時は、自分が躁の症状の時のことを思い出して自分が嫌になり、人が自分と距離を置くことが分かるので、それに対してまた落ち込むという負のローテーションにはまります。

実は最近、極端にうつになり、今日、病院に行ってきました。典型的な双極性障害の症状で、まずは薬を変更して様子を見るとのことでした。基本的には薬で治すそうです。治すと言っても、双極性障害は治らないと言われていますので、薬で気持ちの浮き沈みを調節するしかありません。僕はあまりに辛いのでカウンセリングを希望しましたが、僕の行っている病院はカウンセリングをやっておらず、カウンセリングは医療行為ではないため、基本的に保険適応外であると言われました。ネットで調べたらカウンセリングは1回1万円近くかかるので、経済的にも余裕がなければできません。病院の先生からは、大学の学生相談室の利用を紹介されました。学生相談室でも学生以外が利用できるところもあり、ちゃんと臨床心理士や精神科医の人が対応してくれるようです。ただし、学生相談室は平日しかやっていない為、会社を休まなくてはいけないなどの問題もあります。

先生から典型的な双極性障害の症状と言われ、今は気分が落ち着いています。学生相談室については、先生のほうで調べてくれるみたいです。しばらくは薬を飲んで様子を見てみます。


検査結果

今週は慌ただしい。

商品部が僕1人になったので、やることはたくさんあるが、その仕事のほとんどが社長の意向を汲みながら進めていかなくてはいけないので、チェックしては修正しを繰り返しながら社内や協力業者さんとの調整も進めていかなければならない。

家にいても仕事のことが気になるような悪いスパイラルに入っているが、今日は昼から仕事を休ませてもらって、先週の検査結果を聞くためにいつもの病院へ診察に行く。

今日のめざまし占いでは、蟹座は3位。まあまあだな。ラッキーポイントはレストランの新メニューだったので、験担ぎに病院の近くのガストに入り、新メニューを探す。ちょうど1月からご当地麺フェスタをやっていて、悩んだ挙句に松山の鍋焼きうどんを頼んだ。「セットでよろしかったですか?」と聞かれ、すかさず「単品で!」とお願いする。お肉の甘みがダシに染み込んで以外とうまかった。

病院は人でいっぱいだった。こりゃ、待たされるな、とベンチに腰掛けてスマホをいじる。2時の予約だったが、3時になっても名前を呼ばれることがなく、やる事もなくなってまどろんできた頃には、患者さんは、僕以外にほとんどいなかった。僕は毎回予約時間の30分から1時間前には病院に着いて先に受付を済ませている。おまけに予約までしているのに、なぜ自分が最後の方なのか謎である。これは今回に限ったことでなく、これまでも何回かあって、どうせ最後になるのなら3時半くらいの予約にして欲しい。プンプン!

結局、3時40分頃にようやく名前を呼ばれ、診察は5分ほどで終わった。先週のレントゲンの検査では異常はなかった。一安心。ついでに家族問題となっている僕のいびきについても聞いてみた。僕の予想では、首の手術をしているので、絶対にそれが原因だと思っていたが、見てもらったところ、特に問題はなさそうとのこと。おまけに先生が甲状腺の専門なので、気になるなら近くの耳鼻科に行ってほしいとのことだった。今ですでに病院に行きまくっているので、これ以上病院には行きたくない。

次は3ヶ月後にエコー検査。次の検査で異常がなければ手術をしてから、丸6年になる。1年1年を大切に生きたい。


定期検査

今日は、レントゲンの検査へ。

以前は毎月の診察、3ヶ月に一度の検査だったのが、今では診察は3ヶ月に一度、検査も半年に一度になった。検査は血液検査、エコー検査、レントゲン検査を順番にやっている。レントゲン検査は肺転移がないかを確認するためだ。以前はCT検査だったけど、今はレントゲンになった。CTは緊張するけど、レントゲンは簡易過ぎて逆に不安になる。

受付を済ませると、「8番の番号の前でお待ちくださいー」と言われ、友人にLINEを送っている間に自分の名前を呼ばれた。服を脱いで、一瞬で検査は終わる。いつもの診察の時は、診察で1時間待ち、清算で1時間待ちは当たり前なので、早く終わると拍子抜けする。

大丈夫だとは思うけど、検査の時は不安になる。普段めったに目にしない、自分と同じ病気の掲示板を見て、不安を払拭する。掲示板には、自分と同じ病気、もしくは自分よりも症状の重い人もたくさんいる。自分だけじゃないんだという安心感、情報を共有できる安心感があり助かる。久しぶりに見た掲示板では、未分化ガンと診断された人がいた。甲状腺がんは予後がよいとされているけれど、未分化ガンに関しては別で、極めて予後が悪い。その方も長くて余命1年と宣告されたと書かれていた。悲しいが何も書き込んであげることができない。僕の病気も未分化ガンに変異する可能性はあり、人ごとではないけれど、病気の前で人はなぜこうも無力なのか。

僕がこうして病気のことをブログで書けるのも、深刻でないからこそ。僕も未分化ガンになってしまったらブログを続ける勇気も余裕もないと思う。

僕の周りには健康な人がのほうが圧倒的に多いのに、なぜ一部の人だけが、病気になるのだろう。世の中には悪いことしてても長生きしてる人もたくさんいるのに、なぜこうも人生は不公平なのだろう。

今読んでる本の中で、ネガティブなことを言っているとよいことは起こらないと書かれていた。確かにそうかもしれないが、そんな単純なものでもないんだよ、人生は。


トンネル抜けた、かな

久しぶりに鬱になった。

年明けから調子が悪くなり、いつもなら3日くらいで復活するのだが、今回は長かった。今日ようやくトンネルを抜けたっぽい。

うつ病と診断されて15年くらい。躁うつ病と診断されて10年近くになる。僕の周りには結構うつ病になる人がいて、みんな順調に治っていくのに、自分だけはいつまでもクスリを飲み続けなければならないので、先生に「いつになったら治るんでしょうか?」と尋ねたところ、「病気と付き合いながらいきましょう」と言われ、この病気は治らないんだと知った。

もう付き合いが長いので、自分の状態を客観的に見ることはできるが、気持ちのコントロールは難しい。躁の時は、基本的に調子はいいので、自分が躁なのか、平常なのかを判断するのは難しいし、鬱の時は、ああ、鬱が来たなと分かっていても、気持ちを持ち直すことはできない。

僕のハートは氷点下1度の水たまりにできた薄い氷のようにもろいので、ちょっとしたことで簡単に割れてしまう。最近では年始は必ずと言っていいほど鬱になってる気がする。久しぶりに友達に会う、長い休みといった日常と違う環境が僕を鬱にする。他の人にとっては楽しいはずの環境が、僕にとっては苦痛でしかない。病気で声が出にくくなってから、ますますその想いは強くなっている。だから僕はなるべく人が集まるところは避けるようにしている。自分も傷付くし、他人にも不愉快な想いをさせるので。

まだ完全復活ではないので、こんなブログでスイマセン。


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