(再掲)自宅療養

待ちに待った退院だった。

しかし思っていたほど天国ではなかった。病院はやることも無く味気ないし、食事もおいしくない。しかし、やはり治療と言う意味では完璧だ。これまでは看護師さんがすべて管理してくれていたが、自宅に帰れば全ての管理を家族でやっていかなければならない。

一番大変なのは食事だ。食べれると思ってむせ返ることもしばしばだ。まさに妻と2人3脚で探りながらメニューを考えている。

理由は分からないが、顔もむくんできた。

病気との闘いは、まだまだ終わったわけではない。


(再掲)退院

ついに退院の日が決まった。これまた急なのだが、明日だ。
退院に際して、先生からの説明と栄養士さんからの説明があった。
いままで何度か聞かされていたが、僕の声帯は右側は癌といっしょに神経を切除したので機能していない。問題は左側の声帯だ。左側も癌が声帯の神経のギリギリまで来ていたので、なんとか神経は残すことができたが、現在は左側の声帯も動いていない。そのため、空気が通るスペースが非常に狭くなっている。現在は気管切開をして呼吸をしているが、左側の声帯が動くようにしなければ一生気管切開をしたままになるとのことだった。
それと栄養士さんからは、今後の食事について話を聞いた。自分はてっきり、普通に食事ができるまでに、どのような調理法で、どのようなものを食べればよいか、という話だと思ったが、現実はもっと厳しかった。
もう、普通の食事はできないらしい。まったくできない訳ではないが、例えばラーメンなどの麺類は、もう食べることができない。
これは、僕にとって、かなりのショックだった。
戦いはもう終わった訳ではない。甲状腺の癌は10年経過を見て、再発しなければ、そこでようやく完治となる。もし再発すれば、また、そこから10年。道程は長い。


(再掲)外出許可

昨日は外出許可を頂いて、8週間ぶりに自宅に戻った。かなり楽しみにしていたのだが、当日になって7度7分の熱。外出可能か微妙だったが、無理をしない、早めに帰ってくるということで、なんとか許可がもらえた。
外出して、いきなりの壁にぶつかった。足がフラついて、うまく歩けない。一歩一歩足下を確かめるように歩く。
自宅までの道すがら、懐かしい風景が流れる。が、不思議とあまり懐かしいとは感じなかった。
自宅に着くと、さっそく用事を済ませる為に2Fへ上がった。ここで2回目のアクシデント。手すりを使わないと、階段が上れない。今回の仕事は、何度も階段を上り下りしないといけないので辛かった。少し大きい荷物は嫁さんに手伝ってもらった。
そのうち子ども達が帰ってきた。子ども達もパパが帰ってくるのを楽しみにしていたようだが、なにせ声が出ないんで、何を話すでもなく、子ども達も遊びに行ってしまった。
それから病院にまた戻って、念のために熱を測ると6度5分に下がっていた。
ところが疲れているだろうと、早めに寝たにもかかわらず、翌日は疲れが出たのか、8度8分の高熱で、再び寝たきりとなってしまった。


(再掲)回復

ここに来て、かなり回復してきた。
まず、食事の形態が変わった。これまでは飲み込むことができなかった為にペースト状の食事だったが、一段階上がって、ご飯はお粥に、おかずもちゃんとしたおかずになった。味はイマイチだが、普通の食事が出来ているだけて十分嬉しい。
それと、水が飲めるようになった。これまでは飲めば必ずむせていたのだが、今は、少し気を使わないといけないが、ほぼ、飲むことができる。
この、食事の形態の変化と、水が飲めるということは実は非常に大きい。なぜなら、今までこれができなかった為に直接胃にチューブを通して薬などを投与していたので、そのチューブを抜くことができるからだ。
逆に言えば、どこかで失敗すると、また、やり直しになる。
あと一週間ほどで退院と言われている。最後まで頑張りたい。


(再掲)御見舞

先週あたりから、お見舞いに来てくださる方が増えた。もう少し前から、見舞いに行きたい旨のメールなどを頂戴していたのだが、その頃はまだ声が出なかったのでお断りしていた。
と言っても、お見舞いに来てくださる方は非常に少ない。もともと、自分が入院するということは、ほとんどの人に告知していなかった。わざわざ言う必要もないと思ったし、みんなに告知して、お見舞いに来てもらえないのではないか、と考えた。
今のところ、自分から告知した人はほとんど来てくださっている。
本当にありがたいと思う。


(再掲)リハビリ

僕は喉の手術をしたんだけれど、手術後、何故か手が上がらなかったり首が回らなかったりした。
それで最近リハビリをしているんだけれど、どうやら首にはいろんな神経が集中していて、手術の際にそれらの神経を触るので、それで神経が麻痺するらしい。麻痺した神経はリハビリで少しずつ元の動きを取り戻すしかない。
それともう一つ、昨日から食事のリハビリを始めた。自分では食べることぐらい簡単というか、普通にできるだろうと思っていたが、これができなかった。最初に水を飲んだが、一度口に含んでから、錠剤を飲むような方法でないと水が飲めない。当然、ごくごく飲むなんてことはできない。これも手術の影響で喉の周辺の神経を触っているので、食べ方を忘れているらしい。
昨日のリハビリではゼリーを使ったが、喉に少し引っかかりがあるものの、美味しく頂けた。今日は一気に品数が増えたが、全ておかずをペースト状にしたもの。これが、またまずい。今後、これでリハビリを続けるということで、一気に憂鬱になった。しかし、ここを切り抜けなければ普通の食事に辿り着かない。
そして、もう一つ、残念なニュースがあった。
僕は勝手に、退院する時には完治しているものだと思っていた。
今の僕は、ささやくような声しか出ない。しかも、息が続かないので、まともな会話ができない。どうやら右側の声帯が麻痺して動いていないらしい。ちゃんとしゃべれるようになるのに、早くて半年、最悪の場合は、このまましゃべれない可能性もある。しばらくは外来で治療を受けていくことになる。目が見えないより、耳が聞こえないよりいいか、と思いつつ、なんで自分だけが、という思いは拭えない。TwitterやFacebookでは、みんな、あんなに元気に 過ごしているのに。
何故、自分だけ。


(再掲)食事

今日から食事が取れるようになった。
これまで喉の腫れがひかず、食事ができなかったが、昨日の診察で喉の腫れもひき、食事ができるだろうということになった。診察の際に、少量の水を注射器で口に含み、「飲み込んでください」と言われた。水を飲み込むのが、実は一番難しいらしく、ここがクリアできなければ危ないところだったが、難なくクリアした。
久しぶりの食事、といってもゼリーだが、リハビリの先生がついた。酸素濃度を測ったり、問診や口の中の動きを見るなど、小さいゼリーを食べるだけでたいそうなことである。久しぶりに食べる場合、特に僕のように喉の部位を手術している場合、むせたり、肺から誤嚥したりすることがあるようだ。
初めは少しの量をすくってみる。医療用のゼリーだから、さぞかし不味かろうと思ったが、オレンジの味で美味しかった。なんの問題もなく、ペロリと食べてしまって、リハビリの先生も驚いていた。
食事に切り替えるということだったが、3食共ではなく、1日1色から始めて、徐々に増やしていくとのことだった。
ゼリー1個食べただけで、胸に熱いものが込み上げてきた。


(再掲)経管栄養

入院してから1ヶ月、なにも食べていない。今はどうしているかと言うと、経管栄養といって、鼻から胃までチューブを通し流動食だか栄養剤だかを流しこんでいる。食欲という人間の大切な欲望を奪われた苦しみは半端なことではない。 ところが、今日、ようやく、食事を始めてもよいということになった。といっても、初めはゼリー状のもので、しかも、これだけでは栄養が足りないので、しばらくは流動食と併用になるらしい。経管栄養の為に、この顔にへばりついている管を早く外したかったので、正直、残念だ。 しかし、これも回復への第一歩。早くご飯が食べれるようになりたい。


(再掲)傷口

カニューレが取れた。
どうやら傷の具合もよくなって、カニューレを装着する必要は無くなったようだ。そうして、僕は自分の手術の傷跡を目の当たりにした。今までカニューレとガーゼで隠れていた部分が露わになったからだ。予測していたとは言え、傷口は痛々しかった。カニューレを付けていた部分はガーゼ1枚になり、ガーゼをずらすとぽっかりと穴が空いている。その穴は気管に繋がっているんだろうけど、直視することができない。
今は痛々しいけれど、時が立てば良くなると言い聞かせるが、今は現実を直視するほうが恐い。
今週から食事もできる予定だったが、少し延期になったようだ。もう1ヶ月も食事というものをしていない。早くものを食べれるようになりたい。


(再掲)カニューレ

今回の手術で気管切開をしたので、気管に樹脂製のパイプのようなものを取付けている。これをカニューレというらしい。
これまで付けていたカニューレは、気管に唾液などの異物が入らないようにするタイプだったが、これは話すことができないものだった。ところが先日、スピーカーカニューレという、話すことができるタイプに変更になった。といっても、蚊のなくような声が、ようやく出せる程度である。と言っても、大きな一歩だ。
普段お世話をしてくれている看護師さんが、自分のことのように喜んでくれた。看護師という仕事は本当にすごいと思う。決して義務や生活の為に仕事をしていない。患者の回復をいち早く願いながら、心で仕事をしている。
そう言えば、昨日、オンラインショップの件で問合せがあった。今は入院中ということでお休みしているが、その件での問合せだった。素敵な商品がたくさんあって、見ていて楽しいと言ってくださった。自分のサイトを楽しみにしてくださる方もいるんだ、そういう人達の為にも、自分も心で取り組みたいと思った。


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