house / atelier I

木村松本建築設計事務所さんのオープンハウスへ。

交野市の静かな住宅街に全面ガラス張りのファサードが開放的な外観が現れる。

独り住まいの作家さんのアトリエ兼住宅。道路に対して平行四辺形の形をしたその住宅は、潔いほどの構造現しの建築である。構造に最低限の仕上げの壁と余計なものを極限まで削ぎ落とした照明や水周りの設備。ローコスト住宅などとは決して一括りにできない、住まいとは何かを感じさせる、暮らしという人の営みを感じさせる住宅だ。

平行四辺形という形状に住宅を真っ二つに斜めに分ける階段は、空間を柔らかに分断し、空間に広がりを感じさせながら、決して狭さを感じさせることがない。

1階の奥に水周りをまとめ、浴室からは京の町屋のような庭園を眺められる。2階には茶室も設けられ、和と洋の空間が違和感なく交差する。

すでにお施主さんがお住まいの住宅は、無造作に置かれた家具や本や観葉植物などが空間にうまく馴染み、生活感が溢れるわけでもなく、スタイリッシュでもなく、絶妙に居心地のよい空間となっていた。

やはり、住宅は人が住むことによって育っていくのだ。住めば住むほど、住人の色に建築が染まっていく、そんな空間だった。


ソファがやってきた!

ソファが好きだ。

輸入家具の仕事をしてる時からソファが好きで、普通、家具好きはイスへのこだわりが強いが、僕の場合はソファだった。特にイタリアのブランドのソファが好きで、いつか自宅にお気に入りのソファを置くのが夢だった。

とはいえ、50万以上もするブランド物のソファなど買えるわけもないので、自宅では無印良品のソファを使っていた。しかし、かなりカバーも汚れ、クッションもへたれてきたので買い換えることに。

ちょうど20%オフセールをやっていたIKEAへ向かう。サイズ、価格、座り心地を確かめる。2〜3年前の自分では考えられないが、デザインは二の次だ。一番気に入ったのはTIDAFORSというシリーズ。ちょうどいい大きさで、座った時に体が包まれるよう。頭まで支えてくれる高めの背もたれ。体のラインに合わせて変形する形状記憶クッション。腕や頭を乗せても気持ちのよい大きめのアーム。デザイナー曰く、最高の座り心地を追求して作ったソファとのこと。まさに、人をダメにする2シーターソファ!

ところが、である。TIDAFORSを家に置いたところ、とにかくデカい!IKEAで見た印象と全然違う。しかも、新品のソファのクッションは固くて、あの包み込まれる感じはない。IKEAに置かれていたソファは、いろんな人が座っているから、クッションが柔らかくなっていたのか。。。まあ、慣れるまでしばらく我慢だ。

IKEAのソファは、基本とにかくデカいのだが、あの広い空間で見ると小さく見えるので、買われる方はお気を付けください。


metabolism

Glyph代表であり、コレクターとしても有名な柳本浩市さんの訃報から1週間近く経ちました。
昨日が通夜、今日が告別式だったそうで、FacebookやInstagramのタイムラインには柳本さんの急逝を惜しむ声があふれていました。
僕が柳本さんのことを知ったのは、デザインが好きな友人と情報交換をしている時に、柳本さんのブログ、metabolismを教えてもらったのがきっかけでした。
柳本さんは、その莫大なコレクションやあふれんばかりの知識で数々の伝説を作っている方ですが、その考え方は非常にフラットで、僕のようなものでもブログにコメントをさせていただいた時には、丁寧に返信をくださいました。僕のデザインに対する考え方の基礎はmetabolismで養ったと言っても過言ではないのですが、僕が柳本さんのブログを読むようになってからすぐに、残念ながらブログを書くのをやめられました(このころから、ブログではなくFacebookに移行されたようにも思います)。
数々の伝説の中でも、「柳本さんは1日1時間しか寝ないらしい」というのは有名な話で、確かDESIGNEASTで誰だったか忘れましたが、柳本さんと同じ部屋で泊まる機会があった時に、「今日こそ柳本さんが寝る現場を押さえてやろう」と寝ないで頑張っていたのですが、どうにも睡魔に勝てなくなって、一瞬意識が飛んだ瞬間、フッと柳本さんを振り返ると、「今、寝たよね?」と突っ込まれたという話を聞いて、ゲラゲラ笑ってしまいました。
本当に、ウソでしょ?という噂が実は本当なんです、というところが柳本さんのすごいところで、しかも、他の人だったら疑ってしまうことでも、柳本さんだから信じてしまうところもすごいと思うんです。
きっと、柳本さんが1日1時間しか寝ないという噂も本当で、だから46歳という年齢はあまりにも早すぎるんだけど、きっと誰よりも濃密な時間を過ごしてきたんだと思います。
どうかこれからは、1日1時間と言わず、ゆっくり休んでください。
ありがとうございました。

http://metabolism.jugem.jp/


Design&Craft

昔、ヘヴィメタルのバンドを組んでた頃に、「ヘビメタとパンクの違いが分からん」と言われたことがある。
僕は、「ヘビメタは曲から作る。パンクは歌詞から作る。」と答えた。この回答があっているかどうかは定かでないが、ヘヴィメタルが曲の展開に重きを置いているため度々クラッシックと比較されるのに対して、パンクはメッセージ性が非常に強い。
僕の周りにはデザインが好きな人やクラフト(作家もの)が好きな人がたくさんいる。デザイナーと作家の違いは読んで字のごとくで、デザイナーはデザインする人、作家は自分で作る人だ。東屋などでデザインを手掛ける猿山修さんは、デザイナーでありながら非常に作家的な作品を生み出す。単純にスタイリングをデザインするだけでなく、どこで(地方の産業とか)、誰に(作家や職人など)作ってもらうかまでをデザインしているからだろう。これは誰々がデザインしたからとか、どこの窯で焼かれたとか、どこどこの作家さんの手によるものだとか、そんなカテゴライズをぽーんと飛び越えた潔さがある。
ヘヴィメタルもパンクも、音楽という意味では共通だ。もともとロックとは自由の象徴のはずなのに、どうして人はこうもカテゴライズしたがるのだろうか?


bollard

岡山県の宇野港にbollardというお店がある。
こちらのウェブサイトがなかなかおもしろくて、「読み物」と「品物」をテーマにして、販売している商品についても、「商品説明」ではなくエッセイのように商品にまつわる背景などをつらつらと書き綴っていらっしゃる。
読んでいて面白いので、ほうほうと頷きながら、思わず「カートに入れる」ボタンをポチッと押してしまいそうになる。
僕がやっているサイトでは、扱っている作品についてくどくどと説明することを良しとしていない。以前、デザインが大好きだった頃、物と対峙する際に、「デザイナーは誰か?」、「ブランドはどこか?」、「グラフィックは誰がやっているのか?」といったことが気になってしまい、フラットな視点で物を見ることができなくなってしまったのである。
だから、僕のサイトで紹介しているデザイナーさんは、僕が好きなデザイナーさんで、それ以上でもそれ以下でもないし、ウェブショップで扱っている骨董も、僕が好きなものを扱っているにすぎない。
商品の説明を求められることもあるので、その時は、なるべく丁寧に説明をしようとは思うが、僕の説明とは関係なく、余計なうんちくは抜きにして、感覚で買って頂ければと思う。
ウェブショップのため、実際に見て、触れていただけないのが辛いところなのだが。
bollardさんは、その点、お仕着せな説明でなく、それでいて商品の魅力を丁寧に説明してくれていて、見習わなければと思った。
(画像はbollardさんのサイトから借用)

bollard.jp


 

DesignとRock

僕が洋楽を聴くようになったのは小学校の5年生の頃だった。
ちょうど今、息子が5年生だから、ニンテンドーDSで嵐なんかを聴いている息子と比べると、随分ませた小学生だったと思う。
洋楽を聴くといっても特に好きなアーチストがいるわけではなく、兄が聴いていたビートルズなんかをいっしょに聴いていた程度だった。
本当に洋楽のRockに目覚めたのは、ベスト・ヒット・USAでKISSを見た時だった。ジーン・シモンズの斧型ベース、エース・フレーリーの光るギター、奇抜なメイクに奇抜な衣装、それでいて、音楽はキャッチーなRock'n Rollで、一目見て虜になった。
KISSを皮切りに、いろんなRockを聴くようになり、高校生でバンドを組んだ。学生の頃にはオリジナルをやって、難波のベアーズに定期的に出演した。
音楽にのめり込むと、例えば日本の歌謡ロックや洋楽のキャッチーなPOPSでは物足りなくなってくる。耳がすぐに慣れてしまって、つまらなくなり、より複雑な音楽を求めるようになる。そうなると音楽を「体感」することなく、「耳」と「頭」で聴く様になってしまう。だから、自分の周りには「評論家」が多かった。
本来、音楽に「いい」「悪い」、「優れている」「劣っている」というものはない。ももいろクローバーZの歌に励まされる人も、坂本龍一の曲に耳を傾ける人も、全く違いは無いはずだ。
Designにも同じことが言えると思う。そもそも、どんなデザインであっても、誰のデザインであっても、結局は、本人にどれだけ響くかが大事。先日、義理のお母さんが数十年ぶりにダイニングのセットをニトリで買って、うれしくて僕に自慢してきた。ダイニングチェアがクルクル回ると喜んで話した。正直ダサいダイニングセットだった。しかし、その人にはその人の価値観があって、それを、いいとか悪いということは無い。
デザインの世界でも建築の世界でも陶芸の世界でも、その道に長けた人ほど、僕がKISSのPVを始めて見たときのような「うれしい」とか「楽しい」といった気持ちは忘れてしまうんじゃないかな。


美の法門

大阪民藝会館で開催されている「BLUE&WHITE 藍と白の美」に行ってきた。
その中で「みんげいゼミ」というのがあって、今日は「柳宗悦と『美の法門』」というゼミだったので予約していた。講師は富山県のお坊さん。どうやら、柳宗悦にゆかりのあるお寺の住職らしい。
念のために説明しておくと、柳宗悦はバタフライスツールなどで有名なデザイナー、柳宗理のお父さん。日本で民藝運動というものを広めたお方だ。
正直、話は難しかった。話の内容は難しくないが、話に出てくる思想が難しい。民藝の思想は仏教の思想に根付いている。この世に完全なものなどなく、全てが誤り(不完全なもの)なのである。しかし、同時に誤ったものも存在しない。誤ったものも仏に受け入れられるので誤りではないのだ。故に、誤りを取り除いて完全になることなど人間にはできない。しかし、ありがたいことに秀でたものは秀でたままに、劣るものは劣るままに全てが美しいと受け入れられる。
それだから、美醜の分別を超える必要があると柳宗悦は説く。古代ローマ時代から、人々は「美」を追い続けてきた。美しいものが良いとされ、醜いものは悪いとされてきた。しかし、仏教の世界では、美醜の区別なく平常であることが必要であるとされている。その為には赤子のように素直であり、無垢でありたいと。
このあたりに来ると、宗教的な考えが色濃くなり、最終的には無我の境地になることで、本当の美に到達するのである。
正直なところ、今の自分にはよく理解できないが、今だからこそ、柳宗悦の民藝の考え方を見直すべきだと思う。
とりあえず、「美の法門」の本を読んでみたい。


DEMODE DOUGUYA

東京にDEMODE DOUGUYAというアンティーク・ショップがある。
最近は、もっぱらアンティークや骨董に興味や関心が移っているが、本当にいいアンティーク・ショップは少ない。東京に行った時にたまたま見つけたのがDEMODE DOUGUYAだった。店構えからして、ただならぬ雰囲気を醸し出しているが、中にディスプレイされているものも期待を裏切らない。なんといっても本物なのだ。最近は、アメリカのヴィンテージなどの少し古いもの(30〜40年前)を扱う店や、アンティーク風などのエイジング加工がされたものを扱うショップが多い中、DEMODE DOUGUYAは本物だった。はじめは中世のヨーロッパのアンティークかと思いきや、実は日本の明治〜大正のアンティークを扱っているらしい。とにかく、ハズレがない。
東京にはなかなか行けないので、たまにウェブショップを覗いているが、先日、いい感じのベンチを見つけた。13,000円と安かったので、あまり古いものではないのかもしれない。しかし、木の風合い、脚の独特の組み方は絶妙だ。
今は猫の額ほどの庭先に置いて、ただ座って庭を眺めながら、静かな時間を過ごしている。


観光から関係へ

少し前から、いずれは小豆島で暮らしたいと思っている。
きっかけは単純で、角田光代さんの小説、八日目の蝉にまんまと影響されてしまったのだ。小説の主人公である希和子が、愛人の子どもである「薫」を誘拐して逃亡生活を送り、最後に行き着くところが小豆島だった。
小説の中で、小豆島は「海と、空と、雲と、光と、木と、花と、きれいなものぜんぶ入った、広くて、大きな景色」と表現されている。美しい島でゆったりと暮らしたいと思った。また、小豆島には本州や四国から橋で結ばれていないから、海で隔てられているというのも魅力だった。どこか心の奥底で、全てを捨ててしまいたいという思いがあったのかもしれない。
3月20日から瀬戸内国際芸術祭がはじまる。
小豆島も、その舞台のひとつとなる。小豆島で展開される数々の作品の中で、関西を中心に活動するアーティストやデザイナー、建築家の方々が集まってトークを繰り広げるイベントがスタンダードブックストアで開催された。
「観光から関係へ」というのは、今回のプロジェクトのテーマ。プロジェクトの期間中に旅行で訪れるといった一過性のものではなく、持続可能な方法論を模索するという試みである。トークショーでも、サスティナブルという言葉が何度か使われていた。アーティストが小豆島を舞台に作品を展示して終わり、というアーティスト主体のものではなく、小豆島という場所に普段目が行かない人たち、そしてまた、小豆島の島民の方々、みんなを今回のプロジェクトに巻き込んでいくという試みが展開される。似たような試みは、すでに関西でも展開されている。DESIGNEASTだ。DESIGNEASTがデザインというキーワードで展開されているのに対し、瀬戸内国際芸術祭では、アートというキーワードで展開される。DESIGNEASTが「デザイン」というカテゴリーに縛られていないように、「芸術祭」というカテゴリーに縛られずにアート、建築、デザインと幅広い展開がされるようだ。
ヤノベケンジさんがビートたけしさんといっしょに作った「ANGER from the Bottom」は一見の価値がありそうだし、dot architectsによる300万円で建つ家、「Umaki camp」も見てみたい。ホームページをチェックすると、他にも見たいものがたくさんある。
小豆島で暮らしたいという気持ちは変わらないが、島で暮らすということはサスティナブルなようで、実はそちらのほうが一過性なことのように感じた。実際、子どもの養育や親の介護のことを考えると、「暮らす」ということを先に考えると難しく、先に進めない。
まずは、小豆島に行ってみて、今いる場所で、いかに小豆島と関わりを持つように考えて生活していくことが、サスティナブルに繋がるような気がした。


see-saw

see-sawの新作発表会に行ってきた。
see-sawは東大阪で家具製作や内装設計を請け負う工房が立ち上げた家具レーベル。同じく大阪で活動するデザイン会社、PANTALOONをディレクターに迎え、ovest designでも紹介している吉行良平さんなどがデザイナーとして参加している。
see-sawの家具は暖かくて素朴だ。まるで積木のような優しさを感じる。中でも家具を製作する際に出る端材を利用した「way」などは面白かった。端材の1面に2mmの掘り込みを入れている以外は何の加工も施していない。いろんな形や大きさがあるから、一見、どうやって使えばよいのか分からない。しかし、逆に使い方を限定しない。全くアフォーダンスしないプロダクト。使い手によって始めて完成するプロダクト。
吉行さんの照明、「and」もよかった。家具レーベルなのに照明?、と一瞬思ったが、そういうカテゴライズしないところにsee-sawの良さがあるのだろう。「and」も木片と電球を組合わせただけのシンプルな照明。
他にも小物なども置いていて、プロダクトというよりはクラフト的な作品が多い。
こういうレーベルが大阪で頑張っているのはうれしい。


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