ブログを読んでくれてる皆様へ

いつも、僕のブログを読んでくださっている皆様、ありがとうございます。


すごい、励みになっています。


先日、ご案内させていただいたのですが、このブログをnoteに引越しました。


noteとは、クリエイターのためのSNSみたいなもので、いろんなおもしろい方のエッセイや作品に触れることができます。


僕がこれまでブログで綴ってきた病気のことや私生活のことなどは、今後、noteで書き記していきます。


こちらです。

https://note.mu/ovestdesign 


未だに、こちらのブログを訪ねてくれている人がたくさんいるのは嬉しいのですが、これからも読んでいただきたいので、できればnoteに訪ねてみてください。


そして、よければnoteで僕のブログをフォローしてくれたら嬉しいです。




楽しい人生

うつから回復したというのに、気分がさえない日々が続いている。


うつとは違う。うつの時のように、心がズーンと重くなるような感覚はない。ただ、生きる気力が湧かない。ただ、今あるものや家族が健康であることに感謝して生きればよい、ただ、今やるべきことに集中して、ひたむきにがんばればよいということは、頭ではわかっている。でも、こりゃ性格だな、悪いことばかり考える。自分の人生が虚しい。情けない。


仕事から家に帰る。晩ご飯を食べて、ソファに体をあずける。テレビを見ながら、内容が頭に入らない。テレビも、SNSも、ゲームも、なにもおもしろくない。少し楽しみにしていた、「まだ結婚できない男」も見ていて楽しくない。設計士か、収入いいんだろうな、独り身か、自分にとって家族ってなんだろうとか考える。重症だ。


これまでの人生で、楽しいことがあまりなかった。みんながマンガやゲームに夢中になっていた中学の頃は勉強ばかりしていた。好きな野球チームもなれけば、ゴルフもしない。嫁さんは、自分から避けるようにしているし、思春期の子どもたちとは一言も交わさない日が続いている。世間がラグビーのワールドカップで盛り上がっている中、自分はそれどころではなかった。


ただ、今の人生に満足して、毎日を楽しく生きたい。今、自分も家族も健康で、生活が苦しい以外は、困ったことはないのだから。みんなは人生楽しいのだろうか。SNSに溢れる笑顔の写真。ちょっと重症なので、カウンセリングを受けることを検討している。


靴を買うならロコンド

今の仕事は立ち仕事なので、足が疲れる。


どうせ汚れるので、履き古したスニーカーを履いて行っていたが、履き心地があまりよくなくて、仕事が終わると疲れ切っていた。ちょっとボロボロになってきたし、もう少し軽くて履き心地のいい靴を買うことにした。


できるなら、普段も履ける靴がよい。かと言って、仕事をメインで使うのであまり高いものを買うのももったいない。とりあえず、安くてよい靴をアマゾンで探してみる。なるべく、安くて軽く、疲れない靴を探してみる。昔は買い物に出かけていたが、最近は、まずアマゾンで探すようになった。お店より商品数がかなり多いし、しかも安い。以前は、実際のお店や楽天などで比較してから買っていたが、結局、アマゾンが一番安くていいものがあり、しかも、レヴューが参考になるので、最近はもっぱらアマゾンで探すようになった。


ところが、靴に関してはなかなかいいものが見つからない。安くて評価も高い靴はいくつかあったが、いずれも聞いたことのないブランドだ。靴は履き心地が悪いと失敗するので、できればブランド品のほうが安心だ。そこで、最近、頻繁にCMをしているロコンドで探してみた。


ロコンドで探してみると、あるわあるわ。靴に特化しているので、さすがに種類が豊富だ。しかも、「アウトレット」で探すと、ブランド品の靴が半値近くで販売されている。自宅で試着できて、送料さえ負担すれば返品もできるので安心だ。これは、使える。気に入った靴があって、カートに入れる寸前で、一応、無印良品の靴もチェックすることにした。実は無印良品の疲れないスニーカーというのを履いていて、これが本当に疲れないので気に入っていた。すると、踵の衝撃を吸収するスニーカーという商品が3990円のところ、3日間限定で2990円で販売されていた。無印良品のレヴューもよい。ロコンドよりも安いので、アマゾンとロコンドでさんざん探した挙句、結局、無印良品のスニーカーを購入した。


しかし、昔はウィンドウショッピングが楽しかったが、今は、家でスマホをポチポチやって掘り出し物を探すほうが楽しくなっている。


なにもかも終わればいい

昨日、就職相談に行ってきた。


別に転職を考えているとかそういうことではないが、いろいろ思うところがあった。僕はふたつの障害がある。双極性障害と音声障害。この障害に対して理解してもらったうえで、さらにこれまでのキャリアを仕事に活かすことができないか?と考えていた。


今の工場での仕事が単純作業で、これまでのキャリアを活かせていないこと、営業から工場勤務に異動になった際、給料が下がり生活が厳しいことなどを話しした。相談員の口から出た言葉は厳しいものだった。声が出なくなって、営業から工場に異動になるのはやむを得ない、それで給料が下がるのも仕事内容が変わるので仕方がない、障害者の場合は契約社員での雇用がほとんどなので、正社員として雇ってもらえているだけでもありがたい、もし転職しても、声が出ないということでこれまでの営業でのスキルは活かせないので、収入は確実に下がる。。


僕は障害を言い訳にしているけれど、そもそも僕のポテンシャルが低いと言わざるを得ない。双極性障害と言っても、服薬で安定しているし、声もまったく出ない訳ではないので、病気をきっかけに会社から「使えない」と判断されたのだ。実際、僕の営業成績は悪かったし、ノルマの追求がないことをいいことに怠けていた。そのツケが今になって回ってきたのだ。古い言い方をすれば、僕は「リストラ」をされた。


これまでのキャリアが活かせない?ちゃんちゃらおかしい。もともと大したキャリアを積み上げて来なかったのだ。趣味の骨董もまったく売れないし、SNSでもいいね!はまったくもらえない。このブログも1000人目指す!とか言いながら、むしろあれから読書は減っている。ウケるwww


これまでいろんなことを考えて、やってきたけど、もともとポテンシャルが伴っていない。その事に10年近く気付かずに続けてきた自分が情けないし、恥ずかしい。インターオフィスでコツコツと営業に精を出していればよかったのだ。サラリーマンとして。変に色気を出すからボロが出る。インターオフィスを辞めた時点で、何かがボロボロと崩れていった。


もう、このブログも何もかもやめてしまおうか。ovest designもFacebookもInstagramも。誰にも求められていないし、必要とされていないし、線香の煙が消えるように、ひっそりと消えてしまいたい。




購買欲が止まらない

先週末から買い物をしまくっている。


最近、歳のせいか、物欲がなくなったなぁと思っていたが、欲しいものを手に入れずにはいられない。これは、双極性障害の典型的な症状である。


ここ1週間で買ったものは、折りたたみ傘、定期入れ、ランドリーバスケット、ズボン、撮影用の布地、ジュースやお酒などの嗜好品などなど。いずれも、なくてもよいが、無駄遣いというわけでもない。


特にズボンは、古着屋で買った。最近、服は古着屋で買っている。茨木にあるお宝屋というお店だ。名前の通り、お宝の宝庫である。服を買う時は、基本的に千円以上のものは買わない。だから、店に入ると、千円以下のもので、自分に合うサイズのものを探しまくる。見つけたら、試着室で着まくる。自分の好みや流行りなどはまったく無視しているので、思わぬ自分に似合う服を見つけたり、掘り出し物に出会ったりというのが楽しくてたまらない。


もともとは、お金がないから始めた古着屋通いだか、今では、古着屋に行くのが楽しみでならない。


お金がないならないで、楽しみ方はいくらでもあるものだ。


愚痴、言い訳、弱音、そして後悔

僕が20代から30代の前半くらいまで、モットーとしていたことがある。


愚痴を言わない、言い訳しない、弱音を吐かない。これを「男の三原則」と呼んでいた。愚痴を言う男、言い訳するヤツ、弱音を吐く人はみっともないと思っていた。今の僕なら「後悔しない」も付け足すかもしれない。


ところが、今の僕はどうだろう?


愚痴。

「仕事で工場に回されて、安い給料で単純作業。大学まで出たのにやってらんねー」


言い訳。

「病気したからな。僕は頑張ってきた。病気さえしなければ、もっとマシな人生が歩めたはずだわ」


弱音。

「まわりの友達はみんな立派になってるのに、今の自分はなんなんだよ。生活苦しいし、辛いよ」


そして、後悔。

「なんで、僕は大好きだった輸入家具の会社辞めちまったんだ」


最近、こんな思いでずっと鬱々していた。でも、書いてて思ったよ。愚痴言っても、言い訳しても、弱音吐いても後悔しても、何も事態は改善されないんだよな。だって、今の僕は、僕が自分で築いてきたものだもん。


僕が今考えていることは、自分の不始末で火事を起こして家が全焼しちゃって、火災保険に入ってなかったから、僕可哀想でしょって、誰か家建て直してくださいって言ってるようなもんだ。そんなの誰も助けれるわけない。起こってしまった不幸な事実だけ取り上げて、哀れみ買おうってか?甘いよ。


だから、考えた。もう、自分のことはいいじゃん。父親として、子どもたちが立派に自立するまで、とにかくがむしゃらに働く!今、自分ができることを精一杯やる!それしかないじゃん。


思えば、子どもたちが小さかった頃、僕は毎日遅くまで仕事して、休みの日も出勤して、ロクに父親らしいことをしてこなかった。高校生の息子が、「私立の大学言ってもいいの?」って嫁さんに聞いてたらしい。僕は何をやってんだ、子どもにも気を使わせて。


ごめんな、こんな父親で。

不憫な思いをさせて。


本当にごめん。


嫁さんにも、ずっと苦労させてきた。関学まで出た旦那が、まさかこんな無様なことになるとは、思ってもみなかったよね。家庭のこともすべて任せっきりで、病気した時も、尽くしてくれたのに。


ごめん。ごめん。ごめん。


自分のことは、もうどうでもいいから、可能であれば、どんなヤバイ仕事でもするから、夫として、父親として家族を守りたい。


収入を上げるのは難しいけれど、父ちゃん、がんばるわ!余裕のない暮らしでも、できる限り、家族のために尽くして、笑顔の絶えない家庭にしたいよ。


愚痴は言わない。言い訳もしない。弱音も吐かない。そして、もう後悔はしないから。


自治会最高かよ

僕の住んでいる自治会は、アーデル自治会という。


昔から住んでいる人と、僕らみたいに最近(と言っても15年前だけど)新興住宅に住み始めた人が集まる自治会。


この自治会が最高で、おそらく最近の自治会には珍しく、いろんなイベントがあり、交流の機会がある。5年程前までは、近くの公園でみんなが集まってバーベキューなんかをする親睦会があった。


近くにマンションが建ったことで、夏の親睦会はなくなったのだけれど、僕らと同じ世代の会長さんが、是非とも、夏の親睦会を復活させたいとのことで、今年は規模が小さくなったものの、久々に親睦会が再開した。


子どもたちも成長し、僕らもすっかり歳を取ってしまったけれど、こうしてみんなが集まると、子どもたちは子どもたちで盛り上がってるし、僕ら親の世代も、久々にみんなが集まって、盛り上がる。


引っ越してきた当初、まだ幼稚園にもいかないような幼な子だった子どもたちもすっかり大きくなったけど、こうして自治会の集まりに参加している。僕ら大人たちも、昔と変わらずゲラゲラ笑いながら盛り上がってる。


来年、成人式を迎えるケンゴ君が、「将来、アーデル自治会の役員をやります!」と頼もしく宣言する。


こうして、自治会のみんなが集まって老若男女問わず盛り上がれることを幸せだなと感じた。


いままで自治会を引っ張ってきた諸先輩方も歳をとった。これからは、僕らが自治会を引っ張っていって、次の世代に引き継いでいかなければいけない。


アーデル自治会、最高!


あなたの幸福度は?

僕がよく読んでいる松倉さんのnoteで、興味深い記述があった。


それは、松倉さんが、「幸福度なんて測れない」という題名で書いていたもの。


https://note.mu/sbr/n/n0f8c86eb0b5d


松倉さんが「時間に追われていると幸福度が下がる」というネットニュースを見て、「そもそも、幸福度なんて、どうやって測るの?」という疑問から出てきた内容だ。


確かに。。。

幸福度って、どうやって測ってるんだ??


そこで、調べてみた。

簡単に言うと、実際に「あなたは、幸福ですか?」という質問を投げかけて、それを数値とする「主観系幸福度」と、GDPや収入、健康度などのさまざまなデータから幸福度を出す「客観系幸福度」があるらしい。


この幸福度には、宗教なども深く関係しているという。例えば、幸福度の高い国として有名なブータンなんかは、仏教の信仰心の強い国だし、貧しい国でも、宗教観で幸福感を感じている文化もあるだろう。


さらに、国民総生産のGDPならぬ、国民総幸福量、GNH(Gross National Happiness)なるものが存在するらしい。GNHは、その名の通り、国民の幸福度を示す指標だ。


松倉さんも指摘している通り、この幸福度ってヤツは、かなりブレがある。最近の僕は、工場勤務に異動になったり、家庭でも子どもたちが親離れしてきて、幸福度は40点といったところだろう。しかし、同じ工場でゲラゲラ笑いながら仕事してる仲間を見たり、残念ながら離婚してしまった仲間を見てると、自分の今の立場は必ずしも不幸ではないと思われる。


僕の周りでも、確かに、仕事もうまくいって、いい家に住んで、いい車に乗って、海外旅行に行って、めちゃくちゃリア充やん!!ってヤツもいるけど、彼は彼なりの悩みがあるかもしれない(いや、むしろ、あってほしい)。


結局のところ、人は幸せになったり、不幸な気分になったりを繰り返すし、同じ境遇であっても、その本人がそれを幸せと思うか、不幸せと思うかなのだろう。それなら、どういう状況であれ、自分は幸せだー!と思って生きたほうがいい。役者のムロツヨシは、幼い頃に両親が離婚し、親戚に育てられるという経歴を持ち、長い下積み時代を過ごしたが、「マイナスをすべてプラスに変えて生きてきた」と話している。


基本的には、収入が増えると幸福度も上がるらしいが、ある程度の収入を超えると幸福度は変わらないらしい。結局、幸福に慣れてしまうのだ。逆もまた然りで、事故などで障害を負って幸福度が下がっても、ある程度の時間が経つと慣れてしまって不幸には感じなくなる。


結局のところ、幸福度など考えないのが一番よい。


魂の叫び

いつも、僕のブログを読んでくれてありがとうございます。初めての方もようこそ!


さて、先日、ブログの読者を1日1000人まで増やすぞ!、と意気込んでみたが、僕のブログはブログなんて生易しいもんではない。


僕だって、できれば読んでいておもしろいブログを書きたい。読んでいて為になるブログを書いてみたい。でも、そんな才能は僕にはないし、人間もできていない。残念ながら。


ただ、僕は病気をしたり、いろいろ生活が大変だったりで、自慢じゃないけど人並みに苦労していると思うんだよね。ほんと、波瀾万丈。そういう人生に前向きに突っ走る様も素晴らしいと思うんだけど、人間誰しもそんな強くないよね。


そういう人間の弱いところを、こういうブログとかSNSなんかで、さらけ出すことに関しては賛否あると思うけど、僕がどんなことに悩み、どんなことを考えているのか、そういうことを素直に書くことは、ある程度価値があるのでは?と考えている。


だって、立派な人の為になる考え方とか、成功を手に入れた人のありがたいお話なんかは、本を読めばいくらでも書いてるじゃん。僕はよく本を読むし、所謂自己啓発本なんかもいろいろ読んできたし、為になる本もたくさんあったけど、本になるような人生を歩んできた人は、結局、ある意味成功しているんだよね。


でも、多くの人の人生はそううまくいってない。みんなそれぞれいろいろ悩み、なんとか幸せになりたいと願ってる。でも、悩みってなかなか人に話せないじゃない。もしくは、勇気を出してそういう悩みを誰かに話した時に、正論で返されてブルーになったことはないかい?


僕はあえて、弱いところを惜しげもなく出していきたい。無様な様をさらけ出していきたい。僕のブログは、普通のブログじゃない。僕の魂の叫びなのだ。僕の人生劇場。


こんなブログですが、よかったらまた読んでください(結局、ブログって言ってるし!)。


理想の生活

自慢じゃないが、うちは貧乏である。


僕の周りでも、「オレも生活大変だわー」とか「別に贅沢したいなんて思わないな!」なんてことを言う人がいるが、本当の貧乏を舐めないで欲しい。あんたらが「普通」と思っていること、普通にしていること、普通に買っているもの、それらがオレら貧乏人にはできないんだよぉぉぉぉぉお!


とりま、できればこのくらいのことはしたい!ということを列挙してみた。


〃遒飽貪戮楼みに行く(予算月1万円)


1日に一回コンビニでドリンクを買う(予算月3千円)


3憤促好泪曚犬磴覆、普通のキャリアのスマホを使う(予算月1万円)


ぜ駝(僕の場合、骨董)に投資する(予算月1万円)


Spotifyのプレミアム会員になる(予算月千円)


λ萋家でビールを飲む(予算月3千円)


Г修梁勝∋費(予算月5千円)


こんなところか。上記7項目のうち、3項目以上当てはまってるという人は、贅沢もんだ。このうち、´↓きΝГ亡悗靴討蓮∨莊遒海譴世韻良囘戮任海譴世瓜箸Δ海箸呂覆い掘↓Δ亡悗靴討浪鳩廚ら出して欲しいから、´↓きГ1万5千円ほどあればいい。も家計から出してもらうから、こうして書き出してみると、月の小遣いが3万円もあれば、十分充実した日々が過ごせることになる。ちなみに、今の僕の小遣いは2万円で、この小遣いから、飲み会代、ビール代、散髪代、服代(靴、鞄など含む)などすべて遣り繰りしている。よく、サラリーマンの小遣いは3万円が一般的などというか、その3万円に何が含まれるか?による。3万円もらっていても、お昼ご飯代を小遣いから出している人もいれば、昼はお弁当という人もいるだろうし、飲み会代は小遣いの範囲内でという人もいれば、小遣いとは別で嫁さんからもらっている人もいる。要は、その小遣いで、どこまで自由に使えるか?が問題なのである。


あと年収が手取りで50万増えれば、少しは楽になるのだが。



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